熊野・高野山を撮り続ける写真家、照井壮平。追い求めているのは熊楠が見つめた野生、そして空海が感応した何か。2017年秋、初の写真集『狼煙』が紀伊半島の辺境から刊行されます。
照井壮平:1976年、和歌山県有田市に生まれる。大阪芸術大学芸術学部写真学科に在学中、アメリカ留学しA・アダムス、E・ウェストンワークショップで学ぶ。1997年、清里フォトアートミュージアム・ヤング・ポートフォリオ受賞。翌年、東京写真文化館で初の個展「紀伊刻々」を開催する。
マグナム・フォトのアシスタントを経て2005年にフリーランスとして独立。熊野・高野山をフィールドとする。数々の作品が『ナショナルジオグラフィック』や『VOYAGES』に掲載されるなど、紀伊半島の深層を突く作風が海外からも評価されている。写真事務所maisondephoto主宰。
熊野古道の継桜王子にそびえる一方杉は、すべての枝が熊野那智大社に向かって伸びていると言われてますね。明治の神社合祀令で伐採されそうになったけど、南方熊楠が必死になって守ったという巨木群。樹齢800年なんて聞くと、木と人が重ね合わせてきた時間のスケールに圧倒されます。この国が大きな災害に見舞われた日も、ぼくが人生の危機に直面していたあの時も、ここで悠然と立っていたのかと不思議な気がします。
ずいぶん前のことですが、大峯奥駆道を夢中で撮影していて遭難したことがあるんです。その時、法螺貝を吹きながら歩いてきた山伏に助けてもらった。その人がね、「ここらの山で迷ったら木の枝を見たらええ。たいていは海の方角に枝を伸ばしてるもんや」と教えてくれました。それ以来、一方杉を撮る時は枝の先を見て「海はあっちの方角やな」と思う。でもひょっとしたら、海の向こうの楽土を指しているのかもしれない。
雪が降ったらよっぽどの用事がない限り、高野山に行きます。そのために、クリスマス頃になると冬タイヤにはきかえて準備しておく。1月か2月に雪が降ったら、「きた!」と思って向かいます。山を登る途中で四駆に切り替えて、ついでに自分も防寒の身支度を整えるんですが、その時ものすごくわくわくする。1200年前から山上にある、白いテーマパークに行くような。
ぼくのイメージでは、高野山の雪の色は半紙の白です。般若心経を写経するための和紙ですね。山上には建造物の人工的な直線美があふれている。高野山の直線は、熊野が持つ野生的な曲線の対極にあるものだと感じます。ぼくはその直線を四角く切り取るように、真っ白い中でシャッターを切ります。
紀伊半島の海岸線を南下していくと、最南端の串本でぐるっとターンするじゃないですか。その瞬間、オセロの黒が白にパンと裏返ったような感覚がある。海全体が自然のレフ板になっていて、日差しが一段明るくなるような感じです。ぼくね、初対面の相手が串本から先の古座や新宮の人なら「朝日の人や」って思うし、北の有田や田辺の人なら「夕日の人や」って思うんです。朝日が昇る海辺で育った人と、夕日が沈む海辺で育った人。
この写真は新宮の王子ヶ浜です。熊野灘の荒い波にもまれた石ころが、ものすごい音を立てて転がる。グォログォロゴロゴロォって、地球がうがいをしているようなすごい音。ぼくはいつも波打ち際に立って、100回に1回やってくるはずの波を待ちます。足を濡らすほど力強い波がきた時は、海面に真っ白い泡が出る。その瞬間の波の音って、音楽で言うとサビだよね。
那智の滝はいつも、マグロがあがってくる勝浦漁港のほうを見ているんです。山肌や木立に囲まれているから、直射日光の当たる時間がすごく短い。ぼくは日差しを浴びている那智の滝が好きなので、そのタイミングを狙って撮影に行きます。きれいな虹が出るんでね。虹に必要なのはミストと半逆光です。滝、太陽の先生方とカメラマンっていう三者面談の状態で、手が震えそうになりながら対峙します。虹はあっという間に消えてしまうから。
滝壺近くに立つとマイナスイオンで癒されるとか言いますね。そういう理屈ぼくはわからんけど、ただ直感的に那智の滝はいい。水量が多くても少なくてもいいんです。そう言えば、この写真を撮った時、滝の前で災害復興の工事をしていました。2011年の紀伊半島大水害から続く工事です。この写真だけ見たら神秘的かもしれないけど、ぼくの背後には重機があって、巨石を叩き割るような破壊音がガンガン響いてた。
みなべ町の山の上にいたんですよ。仙人みたいな風貌の養蜂家のおっちゃんが。ゴーラって知ってますか。熊野地方によくある、丸太をくりぬいたハチの巣箱です。その人ね、ぼくの目の前で、がばっと巣箱に手を突っ込んだんです。笑いながら、素手で。そしたら何百というハチが、彼の手にブンブンまとわりついた。びっくりして「刺されることないんですか」って聞いたら「そりゃ、あるわ」ってポカンとした顔で言われた。愚問やったな、と思いました。漁師に向かって「濡れることないんですか」って聞いたんと同じやないかと。
ゴーラの中をファインダー越しに覗き込んだら、ちいさな光がハチたちをかすかに照らしていました。ぎゅうぎゅう詰めでうごめいて、まるでラッシュ時の山手線のようだった。ハチはまるでサラリーマンみたいに働いて、蜜を集めてくるんですね。あのおっちゃんは今も山の上で、仙人のようにミツバチをあやつっているんだと思う。
高野山のお寺に古文書の撮影に伺った時のことです。長丁場だったから仕事の途中でトイレに行きたくなってしまった。キュッキュッと鳴る廊下をトイレに向かって歩いて、くるっと角を曲がったらこれに睨まれた。手前のふすまがちょっと開いていたので、隙間明かりが虎の顔あたりを照らしていたんです。「目が合った」と思って肩にかけていたカメラを構え、ぜったいに手ブレしないように歯をくいしばって瞬間的に撮りました。そんなタイミングやから三脚もなかったし。
撮り終えた時はなんだか、この虎を狩ったような気持ちになりました。睨まれて格闘したけど、最後は写真に閉じ込めてぼくのものにした、みたいな。よく見たら人間みたいな顔をした虎やから、これを描いた絵師は本物の虎を見たことがなかったのかも。「虎ってこんなんやで」って伝言ゲームみたいにして大陸から伝わってきたのかもしれない。
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