『狼煙“>狼煙』がタイポグラフィ年鑑2018に入選しました。
『狼煙』は道音舎としては第1冊目、そして取次も通さないということは決まっていたので、デザインにはかなりの自由度がありました。自由度があるということは、すべてのことに意思決定をしないといけないということ。ページ構成やレイアウトはもちろん、紙や判型、製本方法はどうするかに始まり、綴じ糸の色は何色にするか、前書きに署名は必要か、ページネーションをつけるか、などなど、ひとつひとつ考えを巡らせて判断を重ねていきました。経験値が浅い分、セオリーや慣習というよりも『狼煙』はどうあるべきか、自分たちはどう思うかといったことを大事にして真剣に向き合ってきた本が評価されたことは素直に嬉しく思います。
印刷目線ではサンエムカラーさんのブログ「1冊の写真集が完成するまで」、出版目線では北浦さんが過去のブログにまとめてくれているので、デザイン目線でも試行錯誤の様子をかいつまんで紹介したいと思います。
1回目はタイポグラフィの話ということで、文字関連のデザインの流れをかいつまんでご紹介します。
レイアウトの思考錯誤
『狼煙』は写真集なので文字情報は限られていますが、写真とテキストをいかに調和させるかというところで色々と試行錯誤を行いました。
あらかじめ目指していたのは、以下の2点です。
1.
あくまで写真が主役の本なので、テキストによって鑑賞が邪魔されないようにしたい。そのために写真に対してテキストの面積が大きくなりすぎないようにする。
2.
面積を小さくしつつも、テキストに目を向けてもらえるくらいの存在感は残す(照井さんの言葉がまた良いのです。。)
1と2は相反する要件ですが、これらを念頭に入れつつ最適なバランスを探っていきます。
日英併記でまず思い浮かぶのはこういう形。日英間、文章の間に1行空けて段落や言語の違いを表します。しかし、これだと写真に対して面積が大きくなりすぎます。
そして1行分を縮めるため、段落をインデントで表してみることを考えます。しかし、インデントは小説や論文でも使われるように少々堅苦しく、話し言葉である文章には合わない気がします。また、2段落しかないので、インデントによって中途半端に文字面がガタついているのも気にかかるので、こちらもボツです。
また、日本語と英語を揃えて並べると、英語の方が分量が多くバランスも悪くなるので、別のアプローチも考えてみます。
試行錯誤を経て思いついたのが、英語を段違いに配置する方法です。段違いに配置すれば日本語と英語の差は明確なので、余分な行を空ける必要もなく文字面の面積も小さくなります。(1の要件)日本語と英語それぞれの行頭は揃っているので、視点の動きにも無駄がなく、読みやすさも損なわれません。
さらに、文字面の形にも個性が出て、矩形の写真と調和しています。テキストのブロックが生み出す形も少し個性的で、照井さんの文章にもマッチして目を留めてもらえるきっかけになるようにも思えました。(2の要件)
このように大まかな文字組みの方向性をまずは定め、さらに1行あたりの文字数、日英それぞれの文字間などの設定を固めていきます。
文字サイズの思考錯誤
レイアウトの方向性が決まると、次は読みやすい文字サイズや行間を定めつつ、テキストエリア全体の濃度も考慮に入れて調整していきます。(実際にはレイアウトとこれらの調整を行ったり来たりしながら同時に検討します)
英語と日本語を同じ文字サイズで配置すると、英語の方が小さく見え、行間も空いているように見えます。これを解消するためには、
・英語の行間を小さくする
・英語の文字サイズを大きくする
という2つのアプローチが考えられますが、検証の結果、今回は行間を変えて縦のリズムを壊したくなかったので、英語の文字サイズを大きくするという方法を選択しました。
改行のリズム
レイアウトや書式設定、他のルール(行揃えや句読点の全角/半角設定、禁則設定など)を決めて、レイアウトに沿ってテキストを流し込めば完成!だとラクなのですが、やはり最後には人間の目で見て、手作業での調整が必要になってきます。
狼煙のテキストは日本語の両端揃え、英語の左揃えをあえて混在しています。日本語は多くの人が読み慣れている両端揃え、英語は1行の文字数が少ない状態で両端揃えにすると行によって単語と単語の間が広くなったり狭くなったりと濃度がバラバラになるので、左揃えを選択しました。
左揃えで問題になってくるのが、自然な改行によって綺麗なリズムを作り出しているかということです。
いくつか実際のNG例を挙げてみます。
このように、気になる箇所は手動で改行を調整して、自然なリズムで改行されるように修正していきます。狼煙は文量が少なかったので、最終的にはすべて手動で改行を入れていきました。
日本語も、中途半端な箇所で改行されていないか、視覚的に綺麗に両端揃えになっているかなどのチェックを行い、調整を重ねます。このようなアナログ調整は、入稿直前まで何度も行いました。
色校での良きハプニング
レイアウトが完成したら、いよいよ色校正です。狼煙は写真の階調を綺麗に出すために黒とグレーの2色で印刷しています。通常、黒とグレーはある程度の差があるので、それを利用して日本語は黒、英語はグレーで印刷することにしていました。そうすれば日本語を読みたい人は黒い文字に、英語を読みたい人はグレーの文字に集中して読むことができると考えたからです。
しかし、理想の写真に近づけるためにグレーの色が通常より濃くなり(北浦さんが熊野グレーと命名)、黒とグレーの差はほんのわずかに違いがわかるくらいの結果になりました。しかしこれが良きハプニングとなりました。というのは、英語の方が少しだけ文字の線幅が太いので、もし日英両方を同じ墨で擦ると英語の方が黒みが増してわずかに浮き上がった感じになっていまいますが、ほんの僅かだけ英語の色が薄いので、英語が主張しすぎず、日本語と英語が絶妙なバランスで共存する結果になりました。
日英を同じ墨100%で印刷すると、英語が中途半端に濃く見えます。かといって墨のパーセンテージを下げると、文字の線が荒くなるので悩ましいところです。
英語のグレーが日本語の墨よりわずかに薄くなったため、日英の濃度がマッチしました。英語もグレー100%なので文字も荒くなることもありません。(写真だとあまり分からないですかね。。笑)
予期していなかった結果ですが、これはこれで大いにアリということで、そのままいくことにしました。
ただ、当初日本語は英語との差を出すためになるべく濃くしようと墨とグレーの2色を重ねていましたが、僅かに判ズレが起きた時に文字が太ってしまうため、墨1色に修正を行いました。色校は枚数を多く擦らないので判ズレが起きやすく本番ではほぼ問題なさそうとのことでしたが、念のためリスクを回避しておきます。
このようなトライアル&エラーを経て、狼煙のテキスト部分は完成しています。写真家の作品集なのでもちろん写真の配置や色味には最も気を配りますが、テキスト部分のような細部にも色々な検討を重ねています。完成形はぜひ本物の本を手に取って確認してみてください。
以上、文字に関連するデザインのお話でした。なんとなく、タイポグラフィ=フォント?というようなイメージがあると思いますので、今回は書体の話は省いて、あえて細かい部分の試行錯誤の流れを書いてみました。せっかく「デザインの話」というカテゴリーを作ってもらったので、ちょくちょく発信したいと思っています。
文字の他にも、表紙、製本、写真構成について書こうと考えていましたが、文字の話だけで随分長くなってしまったので、他の話題は改めて……(硲)