(文/硲勇)
最初のテスト印刷では、2種類の性質の異なる紙をテストした。紙の選定基準としては、まず白色度が高いこと。雪の白と黒が対等になるよう印刷面にはグロス感が出すぎないこと。質感はラフ感があり、ふわっと嵩高(かさだか)で軽い紙。といった具合で2種類まで絞り込んだ。青森でオリジナルプリントを見せてもらった時の印象や会話も思い出しながら、表現にふさわしい紙を検討する。
もうひとつ、インクについても2パターンでテストを行った。グレーと黒によるダブルトーン、グレー2種と黒によるトリプルトーン。トリプルトーンは3色の異なるインクを使うことで雪やシャドー部分も豊かな階調が表現できる。テスト印刷の確認は、道音舎のふたりは京都のサンエムカラーさんに直接訪れ、青森には郵送で送ってもらったので、和歌山チームが先に確認することになった。
サンエムカラーの前川さんと道音舎のふたりでテスト印刷を眺めながら、前川さんは「意外とダブルトーンでもいけますね」と言ってくれた。(トリプルトーンでの費用を心配してくれたのかもしれない。)その時は、トリプルトーンの方が格上という思い込みもあり、表現の質が上がるなら少し価格があがってもトリプルトーンにした方が良いと思っていた。帰り際、北浦さんが「お金をかければ誰でもいいものができるけれど、制限の中で工夫するのも大事じゃないかな」といった内容の発言をしたのを覚えている。とはいえ、テスト校正を見て舞い上がった道音舎チームは多少費用がかかっても良い方を選択しようという雰囲気になっていたと思う。
翌日、柴田さんから感想が届いた。「インクについては3色はさすがに守備範囲が広いですね。シャドウのダイナミックレンジが広くてしっかりディティール出てます。しかしトーンが繊細過ぎるが故に荒々しさだったり力強さは黒が強くでる2色のほうが逆に優位かなと感じました。」
改めてテスト校正を見返すと、俄然納得した。ダブルトーンの方が柴田さんらしさが出ている。もちろん3色にするとテスト印刷からの調整の幅は広がるので、目指す仕上がりに近づけることはできるだろうが、あえてトリプルトーンを選ぶ必要はない。現時点でイメージに近いダブルトーンの制限の中で完成に近づけていく方が近道だと思った。そういう流れで、『津軽再考』はダブルトーンでの印刷になっている。お金をかければいいものができる訳ではないということを学んだ出来事だった。
そういえば、京都で前川さんが少し気まずそうに1枚のテスト印刷を見せてくれた。「ちょっと思いついて試してみたんですが全然ダメでした」と笑いながら見せてくれたのは、墨とグレーに加え白インクも使ってテスト印刷したものだった。単なる請負ではなく、同じ目線で楽しみながら最適な方法を試行錯誤してくれる。サンエムカラーさんと一緒に本を作る醍醐味だと感じた瞬間だった。