松原時夫写真集『水辺の人』を刊行したのは今年の2月だった。松原氏初の写真集として発売直後から注目を集め、あっという間に全300冊が売り切れてしまった。続いて2作目の『砂のキャンバス』を9月に刊行し、このたび完成したのが3作目となる『沖ノ島』だ。1年に3タイトルとは、ゆるゆるした道音舎とは思えないペースだ。それほどまでに私たちは松原さんの作品に魅了されている。
一昨日、完成した『沖ノ島』を持って和歌浦に住む松原さんを訪ねた。松原さんは本を手にしてとても喜んでくださり、硲さんが一緒にいないことを残念に思うほどデザインを褒めてくれた。5色ある表紙の中から、松原さんが自分用に選んだ1冊は鈍色。この作品と同じ色だ。
ページをめくりながら「写真集になるなんて、思ってなかったですよ」と松原さんはしみじみ言われたが、写真集になろうがなるまいが松原さんの写真家としての姿勢はきっと揺らがない。他人の評価に興味はあっても、そんなものには影響されないだろう。
松原さんの家に行くといつも、次々と作品を見せてくれて「これ、どう思います?」と感想を聞いてくれる。にこにこと細めた目が「どう思ってても別に関係ないんやけど」と語っているようで私は愉快だ。自分が面白いと感じる表現を、楽しんでやり続けている表現者は最強じゃないか。
玄関先に食パンが一枚あったので、「海に持っていくやつですね」と聞いてみた。松原さんは毎朝、片男波海岸でトンビにパンをやっている。パンを空に放り投げて、砂浜を撮る。時にはしゃがみこんで、ピンセットで小さな貝をつまむ。そしてまた砂浜を撮る。『砂のキャンバス』はそういう日々の中から生まれた写真集だ。
「最近は朝6時半に片男波に行くんです。7時になったらパンツ一丁で砂浜を走るおっちゃんが来るから、その前に行く。その人ね、600メートルある砂浜を端から端まで2往復するんです。2往復されたらもう、砂が足跡だらけです。ごっつい靴で走るし、かなわんなぁ、やめてほしなぁと思うけど言われへんから、その人より30分早く行って撮ってます」
松原さんの話はいつもこんな感じで面白い。「硲さんと北浦さんに出会えてよかった」と松原さんは会うたびに言ってくださるが、我々のほうこそ稀有な作家の、稀有な、とても稀有な作品に出会えてラッキーだった。
おかげで美しい写真集ができました。