吉田彰文(ギャラリーT.E.N)
僕がギャラリーの運営に携わるようになった時、先生にご挨拶するのと一つお願いをするために夕刻の片男波へ向かいました。
ギャラリーで開催する公募作品展の際に先生の作品を展示させて欲しい、という僕のお願いに「分かりました」と頷いて、「頑張って下さいね」と言って下さいました。
それからもう3年半経ちますが、先生は一回も欠かさず出展してくださっています。
公募展は毎回テーマが違うので、その度に先生の様々な作品を見ることができます。スナップやカラーなど普段あまり見ないタイプのものが出展されたりもして、そんなときはギャラリーを運営していて良かったと実感します。
そうした先生の作品の中で僕が特に心動かされたのが、昭和30、40年代の市井に暮らす人々を撮られたものでした。
喜びがあるが怒りもあり、哀しみがあるがゆえに楽しみもある。一日一日を積み重ねて暮らす、そんな毎日の暮らしの中の忘れてしまいたくない瞬間がフィルムに焼き付けられていると思いました。決して華やかであったり、劇的であったりするのではないのですが、どれもが目を離せなくなるほどに「美しい」のです。
今回の『水辺の人』では、松原時夫先生が和歌浦・田ノ浦・雑賀﨑の人々を撮った作品をたくさんの方々に見ていただけるので、見た方達がどのような感想を持つのかすごく楽しみにしています。写真集なので何度も見返すことができ、作品の持つ全体のトーンの素晴らしさをより味わって頂けるはずです。
今はコロナ禍で、写真を撮りに行けない、行く気分になれないという方も多いのではないでしょうか。もし、そんな状況にあるのならば、『水辺の人』を手に取っていただきたいです。これらの作品は、先生の住む和歌浦近辺で撮られたものばかりであり、日々の生活の中にある瞬間ばかりだからです。
松原先生は実は話し好きです。写真についてはもちろん、カメラ、レンズ、クラシックやジャズなどの音楽、絵画など芸術全般に造詣が深く、話し始めると止まらない。なので、もし今後先生とお会いすることがあれば、何か「質問」をしてみることをオススメします。先生の作品について、自分の作品づくりに取り組む中で出てきた疑問、カメラやレンズについてなど写真のことならどんなことでも。出し惜しみのない先生のお話を聞いていると、「早く撮りに行きたい」とうずうずし始めるはずです。