fbpx

The Light Observer |日本語文

2023.01.14 |

昨年の話なのですが、アート系雑誌『The Light Observer』で松原時夫写真集『沖ノ島』を8pにわたり紹介していただきました。道音舎の本が海外の雑誌で取り上げられたのは初めてのことです。

『The Light Observer』  ISSUE 05

松原さんの地元・和歌浦でも、松原ファンの方々が明光通り商店街の松木書店さんで購入(輸入してお取り寄せ)してくださったと聞いています。道音舎でも少し多めに欲しかったのですが、かなり人気だったので諦めて、手元には一冊しかありません。こういう雑誌がすぐに売れてしまうとは、和歌浦はなかなかモダンな地域だなとあらためて感じた一件でした。

8pの誌面に掲載されたのは、英語のテキストと沖ノ島を捉えた写真の数々です。その文章の日本語版を、以下に紹介いたします。

ーーーーーーーーーーーーーー
『沖ノ島』の著者は今年82歳を迎えた日本の写真家・松原時夫。これまであまり名を知られてこなかった作家だが、2021年に初となる写真集『水辺の人』が刊行されて以降、その独創的で幅広い写真表現が注目されている。約70年の長きにわたり、彼が一貫して撮り続けているのは生まれ育った海辺の町、和歌浦だ。古代に編まれた日本の歌集『万葉集』にも謳われた聖地で、穏やかな入り江のまわりに、松並木や和歌の女神を祀る神社などが点在する詩的で優美な町である。松原時夫の写真に見られる絵画的な表現や、高度な芸術性はこの地の自然や文化から影響を受けている。

写真集『沖ノ島』は、和歌浦の海岸から望める無人島を被写体としている。重なり合うように浮かぶ二つの小島を、ほぼ同じ地点から撮影し続けた作品群だ。沖ノ島をテーマに撮影を開始したのは1970年代で、モノクロを中心とする彼の作品の中では異彩を放つ鮮やかなカラー作品である。
「沖ノ島のシリーズは空と海と島を主題にしていますが、この3つの要素を生かすのが光。私が一番大切にしているのは光なのです」と彼は言う。今から60年ほど前、松原時夫は日本写真専門学校に在籍して照明を学んでいる。学生時代にハリウッド映画の照明手法を学んだ経験も、彼の写真に大きな影響を与えた。しかし彼が光の重要性に目覚めたのは、その学びよりもずっと前、幼少期に海面のきらめきを見た瞬間だ。

海を身近にする暮らしでは、日常的に多様な光を目にする。見慣れている海でも光の強弱や角度で日々異なるし、反射によって色合いが刻々と変化する。
「私はずっと同じ海辺に住んでいるので、この季節のこの天気なら、何時にどの場所に行けば理想の光で写真が撮れるか、だんだんとわかるようになった」と彼は言う。
彼の場合、「撮影のために光を用いる」との発想ではなく、むしろその逆。光や被写体に自分の動きを合わせてゆくことで、思惑をはるかに超えた超自然的な作品を生んでゆく。沖ノ島のシリーズも、その成果となる作品群だ。

日本には夕暮れから夜までの時刻を指す「逢魔時」という言葉があり、「魔物に出逢う時間」との意味を持つ。日没前後の空や海の色彩が妖しいほどに美しいと、異界に通じる扉が開いているような気がするのだ。
「あなたの写真には気が写っている」
ある時、彼の写真を見てそう言った人がいる。無自覚に撮っていた彼は驚いたが、それ以降、気を意識するようになってゆく。

「日没から夜は特に、土地が持つ気が強く現れる時間です。気を感じて撮る時もあるし、撮ったあとでネガを見て初めて感じる時もある」
松原時夫が語る「気」とは、形をなさないもの。それは被写体になることを承諾する、土地が持つ意志のようなものだ。『沖ノ島』に収録された二つの島も一方的に撮られているだけの存在ではなく、意志を持って写真家と向き合っている。

松原時夫の写真集は、2021年に3部作として道音舎から刊行された。和歌浦の人々を青年期に撮影した写真群『水辺の人』(完売)、砂浜に現れる絵画的な造形をテーマにした直近5年間の写真群『砂のキャンバス』、そして、この『沖ノ島』だ。
『沖ノ島』に収録した作品は、幻想的な色のグラデーションを特徴とする。色彩の奥深さを可能な限り再現するため、中性の和紙(日本古来の紙)を用い、耐候性のある顔料インクで印刷されている。天然素材の和紙が持つ柔らかで温かみのある質感が、枇杷色、鈍色、群青、蘇芳色など繊細な色調を際立たせている。

実は、彼の持つ膨大なアーカイブを考えると3タイトルではまだまだ不十分だ。彼は今もほぼ毎日、海に通って撮影を続けているし、新しいことや見たこともない表現を常に追い求めているのだから。