先月のことですが、日本写真芸術専門学校で開催されたKAI ART BOOK FAIR vol.3に参加させてもらいました。場所は東京の渋谷です。東京で開催されるアートブックフェアに和歌山から参加するのは経費の面できびしいのですが、あまり深く考えずに上京してよかったです。よき本と人に出会えました。
会場で手に取った、いくつかのアートブックを紹介します。
ビジュアルアーティストの鈴木萌さんが制作した『SOKOHI』。漢字で書くと、底翳です。
緑内障で少しずつ視力を失っていく父親の時間を記録するように編まれた本。鈴木さんのお父様が撮った写真や、何気ない家族写真で構成されているのですが、時間に沿って深層に迫っていくような配置に魅了されました。時間の流れ方が線のように平面的ではなく、渦を巻いて回転しているようで、ページをめくるたびに時間の概念が揺らぐような感覚です。その揺らぎの中で、光と影を意識的に見ました。買わずに帰ったら、頭のすみで膨張していくタイプの本だったと思います。
▼『SOKOHI』
SOKOHI by Moe Suzuki [SIGNED]
写真家・梶 瑠美花さんの写真集『sugar for the pill』とzine『シエルタ』『撮影日誌』。梶さんとはブースが隣だったので色々と話せたのですが、その撮影手法を聞いて驚きました。SNSで被写体になってくれる方を募り、応募してくれた女性の自宅、もしくは指定された場所に出向いて撮影とインタビューを行う、というもの。撮影と対話を通じて、まるで女性の心をケアするような実験的な試みだと思います。『撮影日誌』を読むと、カメラを介して内面の深くで共鳴している両者の関係性を感じます。その関係性から出現してくる女性たちの姿と言葉のリアリティ。梶さんの表現は写真として優れているだけでなく、現代日本の女性史として貴重な記録になると強く思います。
▼『sugar for the pill』
https://rumica.stores.jp
ジェレミー・スティグター著『植田氏を訪ねて』。植田氏とは、写真家の植田正治さん。(左隣のブースにおられたのが、この本をデザインされたRaven&PersimmonStudioの柿沼充弘さんでした)「砂丘であなたを撮らせてほしいと植田さんに手紙を出して、撮影した写真集なんです」と説明されている声が隣から聞こえてきて、「え、なにそれ」と思わず身を乗り出しました。本を開いてみると、砂丘で黒い傘をさし色々なポーズをとって、風にあおられて困っている(楽しんでいる?)植田正治さんが。
「いざ砂丘に行ってみると、小さな折りたたみ傘は獰猛な風に耐えられないばかりか、植田氏の周りをバタバタと飛び回る、黒い鳥のようになってしまった」(本文より)
「巨匠がこんなポーズを!?」と仰天しつつ、お茶目で親切な植田氏の対応にほのぼのとしました。そして装丁が素敵なんですよね。手触りや質感も砂っぽくて。写真集でしか伝えられないドラマがある、と実感させてくれた1冊です。
▼『植田氏を訪ねて』
https://zen-foto.jp/en/book/visiting-mister-ueda