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私の中の彼女たちに会いに行く |梶 瑠美花 


 
写真家の梶 瑠美花(かじ るみか)さんと出会ったのは、昨年の夏の終わりだった。場所は東京の渋谷で開かれていた、アートブックフェアの会場だ。私は和歌山でデザイナーと小さな出版レーベルをしていて、各地のブックフェアにもたびたび出展している。梶さんは東京在住の写真家で、隣のブースで写真集を並べて販売していた。

私たちはぎこちなく挨拶を交わし、互いの本を手に取った。彼女の写真集『sugar for the pill』は自身の写真で制作したアーティスト・ブックだった。写真はモノクロのポートレートやスナップショットで、ページをめくるたびに物憂げな表情の女性たちが次々と現れる。室内で撮られた写真は自宅のようだし、屋外もどこにでもある日常的な風景だ。そして写真の横の白いページには、彼女たちが言ったと想像できる短い文章が添えられていた。

── わたしは写真の中で笑顔は作りません。あと、顔を正面から撮ることはやめてください。顔のほとんどが影や髪で隠れていれば大丈夫ですが。

── わたしは自分がどんな顔をしているのか自身で認識できません。写真に写った姿を見てこれがわたしなんだと納得させています。

短い沈黙のあと、「この人たちは、誰ですか」と私は尋ねた。
「SNSでモデルを募集して連絡をくれた人たちです。撮影場所を決めてもらって、私はその場所にカメラを持って会いに行きます。撮影と同じ日にインタビューもして、話したいことを自由に話してもらうんです」
梶さんはそう言って、『撮影日誌』を見せてくれた。彼女たちの内面を文字化したインタビュー集だ。
 
 
東京から戻った私は荷物をほどき、梶さんの写真集を開いた。そして『撮影日誌』を読みながら、途中で何度も顔をあげて天井をぼんやりと見た。文字を追うごとに、彼女たちと自分の境界が曖昧になる。見ず知らずの女性たちと、傷口をシェアしているようで少し痛い。

今年の夏、パソコンのモニター越しに梶さんと再会した。懐かしい笑顔が見えて、嬉しくなって思わず手を振る。
そしてまず、写真家になる前のことを聞いてみた。

梶さんの元の職業はエステティシャン。地元の福岡でナイトワークの女性たちを対象に、ドレスショップを営んでいたこともある。30歳を過ぎて「大学に行こう」と思い立ち看護大学に入学。2020年に卒業し、コロナ禍の始まりに熊本の大きな病院で看護師として働きはじめた。
「職員がコロナに感染して戦線離脱していくし、もう本当に人手不足。研修はろくに受けられず、家族や友人とも2年ぐらい会えませんでした。3年目に入った時に精神的にも身体的にもきつくなってしまった。それで2022年に病院を辞めて東京に来たんです」

その時のことを、彼女はエッセイにこう書いている。“何もかも我慢がならなくなっていた。色んな意味で限界だった。今は少しでも遠くへ行きたい”

「写真を始めたのは14年ほど前で、独学です。精神的なバランスを崩した時期に、自分をケアするために撮影をしていました。ずっと前から30歳になったら死のうと思っていたので、死なないために。うちは祖母も母も水商売をしていたのですが、お店では若くて可愛い子は優しくされるし、年をとるとババァとか言われる残酷さを若い時から感じてました。私は無意識の内面に怒りを持ちながら、自分もルッキズムに縛られていたと思います」

今、梶さんのSNSに反応し、モデルに応募してくる女性は30から40歳代が中心だ。自己肯定感が低く、自分に価値がないと思っている女性が多いという。梶さんは安全な語りの場を提供し、インタビューをし、二人だけの即興劇のように撮影をする。

「看護学者のヒルデガード・ペプロウが提唱した、“医療現場では対人関係のプロセスそのものがケアになる.”という理論を私は大事にしています。人とのかかわりを避けて自己完結をしたがる私が、対人関係がケアになると実感したのは看護師時代の経験からです。対人関係のプロセスは撮影者と被写体の関係にも当てはまると考えました。私と彼女たちはその場限りの特殊な関係性だけど、対話を通して互いにケアをし、自分を見つめる機会になればいいと思う。私を使った壁打ちでもいいから」

梶さんの中で写真とケアが、これほど濃密に結びついていると私は想像していなかった。梶さんにとって芸術は、一体どこから始まるのだろう。その問いを投げてみたら、「私を撮って、というメッセージを受け取った時からが芸術です」と彼女は答えた。
 
 
インタビューを終えて、『sugar for the pill』を開いた。目線を落とした女性の表情に、やはり心を惹かれる。白いページには、梶さんが彼女から最初に受け取ったメッセージがあった。

── 友人が被写体をしていて、その投稿であなたを知りました。女性として今の自分を残したいと思える時期だということ。そしてあなた自身への興味があり応募させていただきました。


 

写真/梶 瑠美花 文北浦雅子