風の音を聞きながら
歩いて旅をするように
先月、京都の恵文社一乗寺店さんに併設されているギャラリーで、彫刻家・緒方敏明さんの個展が開催されました。緒方さんには不思議な浮遊感があって人物像も謎めいているのですが、ひとまずプロフィールは以下です。
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緒方敏明
1957年兵庫県西宮市に生まれる。1989年東京藝術大学彫刻科卒業後にアーティストとして独立。青年期から絵画、音楽、詩、舞台美術などの表現を並行し、小さな建物の彫刻をつくるようになる。「建物彫刻」とは、その作品群を指す。
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個展会場では恵文社のスタッフNさんにも、久々にお目にかかれました。Nさんに『建物彫刻』にまつわる裏話をちらっとしたら、興味津々で聞いてくださり、しかも、ちょっとウケたような気がします。もしかしたら面白い話かもしれませんので、今さらですが、ここに書こうと思います。(秘話というほどのものでもないですが…)
実は、『建物彫刻』は背に入っているタイトルの文字が中心から右にずれているのです。こんなふうに。
当初は真ん中にあったこの文字列がキリリと右に寄ったのは、「いよいよ明日入稿!」という日の夜のことでした。
「皆様おつかれさまでした」というタイミングで、制作メンバーのグループLINEにデザイナーの硲さんからメッセージが届きました。夜の8時頃だったと思います。
「この本はカバーから本文が飛び出していたり、表紙の写真が折り返されたりしてるのに、背の文字だけ綺麗に収まりすぎてるような気がしてきました。ちょっとはみ出るくらいの位置に変更してはどうでしょう」
グループLINEには硲さんのほか、編集担当の宇治田さん、撮影担当の清水さん、道音舎の唯さんと私が入っていますが、みんな衝撃を受けたと思います。
「中心にきれいに収めると、背は背、表紙は表紙という認識をしますが、はみ出ることによって全体として一体化するのでは?」と硲さん。
「なるほど!!」と納得と同時に感動しました。
緒方さんの彫刻作品やエッセイは宇宙的な無限を感じさせますが、『建物彫刻』はその世界観を本の形で表現している作品集だと私は思っています。本文が表紙より上に飛び出していたり、カバーが蛇腹に広がっていったり自由に拡張していく動きがあるのに、背の文字だけが床の間の前できちんと正座するように収まっていていると、動きや印象が分断されるようで残念です。
小一時間ほどのやりとりを経て他のメンバーも共感し、文字をずらすことに決まりました。
私は「失敗してずれちゃった」みたいに見られないかと最初は気になりましたが、硲さんは「受け取られ方を考えすぎなくてもいい気がします」とまったく気にしていない様子でした。そのすがすがしさを見習いたい。
それともう一つ、『建物彫刻』には隠し部屋のようなページもありますので、お手元にあれば探してみてください。本の中にひっそりと存在する青い空間です。
『建物彫刻』は京都の恵文社一乗寺店さまのほか、大阪のblackbird booksさま、BOOK OF DAYSさまでお取り扱いいただいております。道音舎のオンラインショップでも販売中で、書誌情報などもご覧いただけます。
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